生い立ち
中学までは野球に打ち込み、高校からは弓道を始め、スポーツと武道のふたつを経験しました。
その中で、なにがなんでも勝つという勝利絶対主義の世界、他との競争よりも自身との対話が大切となる弓道の世界を経験しました。
その学生時代の経験から、心身を調整するプレイヤーのサポートの様な仕事に興味を持ち、セラピストの職業を目指す学校を調べ、その方向で進路を考えていました。
卒業後
高校3年生となり、進路を決める段階になった時、初めて医療系学校等、進学する時の金銭的な負担の大きさを知り、多額の奨学金を借り、その返済をしながらひとつの仕事を続けていく事になるであろうリスクに少し尻込みしてしまいました。
様々な道がある世の中で、社会を知らない中で多額の借金をし、ひとつの選択肢に絞り、毎日を過ごしていく未来を予想した時、縛られた未来である様な感覚を覚えました。
結局、進路は決まりきらず、アルバイトをしてお金を貯めて進路決定をする事にしました。
働き始めて
アルバイトを始めてみて思った事は、働いている人みんながプロフェッショナルという訳ではなさそうだ、と率直に思いました。
マニュアルで管理された仕事を淡々とこなす、自分が利益をあげている訳でもないけど時給換算で給料が決まる。
その中で、ヒットを打っても打たなくても給料は変わらない、出来る事が増えてくるとやりがいは出来てくるが、頭打ちするような感覚がある。
次第に働く期間が伸びる程に、成長のモチベーションがなくなっていきました。
より楽に短時間で効率的にお金が稼げる働き方が身についてしまい、日々に虚しさが募っていく様に感じられました。
結婚、そして旧友との再会
それから、進学の事も忘れ、割の良い仕事に就いた自分はただ目的もなく働いていました。
そして、28歳になった年、結婚をする事になりました。
子供が生まれ、育てていく事、自分に何かあった時に家族が困らない様にしないといけない事、そういった背負うモノが一気に連想され、このまま流されて過ごしていてはいけないと、結婚した事を後悔させる様な未来にはしたくないと思いました。
そして、年が明け、旧友と会う事になり、久しぶりに近況報告をすると、、、
みんながそれぞれ自分の道を極め、自信を持って未来の事を語っていました。
様々な道を通って来た事は後悔していませんが、自分の仕事に誇りを持てない働き方をしてきた事は後悔の残る日々の使い方でした。
今からでも打ち込める事が欲しい。
毎日に充実感と達成感が得られる働き方をしたい。
強くそう思った僕は、自己中心的に動ける最後の機会だと思い、結婚まもなくで妻には申し訳なかったのですが、歩き遍路に出発することにしました。
ゼロからの出発、出会いの旅
今まで打って来た点が、どのような形で繋がるのか、頭で考えているだけでは全く想像も出来なかった僕は、ひとりで四国を歩いて回ることで、様々な人と出会い、経験を積み重ねる。
その中で、自身の強みが客観的に見えてくるんじゃないかと考え、とにかく偏見を持たず、ひとりでも多くの人と出逢い、学びを得る事をテーマに歩き遍路を始めました。
道中に「出逢う人皆お大師様」という掛札があり、ホントにそうだなと思う様な経験ばかりでした。
聞く姿勢を心掛け、エゴを捨てて学びを得る事を表す事で、たくさんの貴重なお話を聞かせて頂きました。
話しを聞く事を積み重ねる事によって、通り過ぎる普通に見える人たちにも、それぞれのプロフェッショナルにしているこだわり、経験がある、ただ一面を見て仕事の現場に冷めた感情を持った自分はまだ青二才だったんだなと感じました。
人生は挑戦して、壁を乗り越え、また新たな壁に挑戦する。
その成長の繰り返しによって、自分の影響力を広げ、より大きな貢献を繰り返していく。
その為には、何事からも学ぶ素直さと姿勢を保つ事が大切だと、今回の旅で学びました。
一周周ってみる景色
歩き遍路は、88か所の寺を打ち結願となるのですが、実は最後に徳島へ戻って1番札所にお礼参りをする事が裏のルートとなっています。
その遍路道が10番札所から1番札所へ逆打ちをする形になるのですが、その見覚えのある景色が懐かしくあると共に、一日目に歩いた時と感じ方が全く違う自分に気づきます。
そして、緊張した面持ちの歩き遍路さんと鉢合い、初日の自分を見ている様で、成長を実感するとともに懐かしさが溢れてきます。
頭の中では様々なリスクが思いつき、対策を重ね、長い時間をかけて行動を起こしましたが、実際に受ける経験、必要なモノは違う事が多かったです。
自分の頭で考えていることは、どれだけ入念に考えても妄想の域を出ない、実際に経験して、改善を繰り返すことでしか前には進めないのだと学びました。
そして、一度経験してしまえば同じ失敗はもうしない。
過去にしてしまった失敗は成功するために必要不可欠な経験であったと、短期的な損失を長期的な利益に転換する考え方がとても大切だと思います。
高校を卒業後、様々な道を辿り、一周周ってセラピストの道を見た時、自分の中の見え方は変わっていました。
自分と出会った事が人生の中でポジティブな出来事であってくれると嬉しく思います。
様々な人が一人の若者にポジティブな経験としてお遍路の旅を完遂して欲しいとの思いで色々な話しをしてくれました。
そんな素敵な人たちの仲間入りが出来る様に、心掛けを持って仕事に取り組んでいきたいと思います。
自身の使命
このホームぺージのドメインにある(mudita)という単語は仏教の原語となっているサンスクリット語で喜びという意味を持ちます。
仏教における喜とは、人の喜びに自らも喜ぶ心を持つことを意味します。
僕と出会った人達が喜び持って次の出逢いへ旅立つ事は、僕自身の最上の喜びです。
皆様の喜びが壺に満ち溢れて壱となる様な、喜びに満ちたサロンにしていける様に頑張っていきます。